月別アーカイブ: 2015年6月

子どもの笑顔に勝るものなしです!

妊娠8カ月で二男を出産し、次男だけしばらくNICUに入院していましたが、入院中に気管軟化症という診断が下されました。これは気管がやわらかいため、呼吸する際に気管がつぶれてしまい、呼吸できなくなる病気です。そのため、気管切開をして呼吸を助けてやる必要がありますが、気管切開をすることで声が出せなくなります。次男も6カ月の時に気管切開をしました。

気管切開は声が出せなくなるだけでなく、痰の分泌で呼吸が妨げられたり、感染しやすくなったりといろんなリスクもあります。次男の場合、気管切開後も在宅生活のめどが立つまで入院が必要だったので、8カ月も入院していました。わが子と離れて暮らすのは本当につらかったですが、いつか一緒に生活できることを想像しながら、片道1時間を毎日通いました。

退院してからは、母乳の搾乳、注入、痰の吸引と一日大忙しでした。ついつい長男の育児と比べて、どうしてこんなに大変なんだろう。。。とつらくなることもありました。

そんなとき、次男はとびっきりの笑顔でいつも私を励ましてくれました。声が出ないから、もちろん笑い声なんて聞けないけど、手足を大きく振りながらにこにこっとしてくれるんです。何度それに救われたかわかりません。障害をもつ子供の育児をするには、自身が仕事をやめたり、外出がなかなかできなかったりと、社会的なつながりが少なくなってしまうことも多いですが、探してみるといろいろな社会資源もあるものです。

誰かに育児の悩みを相談したくても、なかなか相手がいない場合もあります。そういったときに、訪問看護や往診の先生にしっかり話を聞いてもらうことで、大分すっきりするようになりました。専門的なアドバイスももらえますしね。とにかく自分一人で孤立しないように、外とのつながりを持ちながらの育児ができれば、自分にも子供にも良いのではと思います。たまたま障害を持って生まれてきたかもしれないけど、こんなにかわいいわが子を授かれたのはラッキーだと思っています。いっぱい子どもといちゃいちゃして、大事な子供時代を味わいましょう。

母とこども

どうしても、自分のからだから生まれてくる赤ちゃんのことは、自分のせいだって思います。ふつうの子育てをしていたって、こどもは自分の思い通りになるって勘違いしやすいのはお母さんです。なんか目が合わないなあって思ったり、なんかうちの子よその子とちがうって思ったりしたとき、私が何かしちゃったのかな?って悩みます。

でも、きっとどのお子さんも生まれたときから、その子の人生はその子が背負ってきた人生なんじゃないかとふと思う時があります。お腹からでたその瞬間から別の人間です。だから、生まれた子をまんま、受け止めることができれば、ハッピーになれるんじゃないか。

そんなことは難しいってわかってはいるけど、でもそうしなくちゃいけない時期が必ずくる。病院ばっかりの就学前。世の中の流れが急に別に見えて、おいてかれないようにあせって、必死でくらいついて。将来が見えないから頑張ってどうにかしようってもがく。

はっと気が付いたら子どもはきょとんとしてた。どうしたの?って顔をしてる。お母さん大丈夫?て顔をしてる。いつしかお母さんが笑ってくれるためにがんばるようになって、いつしか子どもが本当に自分がやりたいことがわからなくなる。お母さんを悲しめないように生きることが目的になる。そっか、お母さんのためにリハビリ頑張ってたんだね。

自分のために笑える、そんな子どもに育ってほしいと思います。だって、その子の人生なんだから。自分のための人生を歩んでもらうためには、親がこうなってほしいという希望を子どもに背負わせない努力、それが母の役目なのかな・・・そう思う今日この頃です。

出生前検査が簡単になったが

タイなどの外国人女性に代理出産を依頼することが多くなってきているようですが、2014年にオーストラリアの夫婦がタイ人女性に代理出産を依頼しておきながら、生まれた子供がダウン症だったからということで、その赤ちゃんの引き取りを拒否したというニュースが結構話題になりました。非難の声が多かったのは確かですが、ここ日本においても出生前検査でダウン症かどうかを診断する方が増加しているという事実もあります。

女性の晩婚化、高齢出産に伴ってダウン症の出生確率も増えてきているのですが、何よりも以前よりも検査自体のリスクが減少したこともその要因として大きいようです。以前は羊水検査といい、お腹から子宮まで届く針で羊水を採取するもので、これは流産や羊水の流出・幹線といったリスクがありました。それに比較して今主流な出生前検査は血液検査だけで分かってしまうので、リスクはほとんどないという大きなメリットがあります。

しかし日本では胎児の異常を理由には中絶できないとされています。暗黙的には実施されているということも聞き、それは妊婦の判断によるという曖昧なものです。私の知人も、出生前検査をするかどうか悩んでいたのですが、仮に胎児に異常があった時に判断する自信がないということで、出生前検査は実施しませんでした。障害をもった子供を産むということは大きな決断です。

しかし職業柄、障害児の親の話しを聞くと、なんだかんだ運で良かった、という親御さんが多いのも事実です。障害も個性の一つと言われ始めて久しいですが、本当に障害児・者に理解のある社会が確立されてくることが、その国の成熟度として評価されるべきと考えます。
<関連サイト>http://なかなか妊娠出来ない.com/

妊娠した結果、障害児が生まれてきて

子供は天からの授かりものであるとよく言われています。養護学校が各地にあることからわかるように、当然障害児が生まれてきてしまう可能性は大いにあるということが言えます。

私もなかなか妊娠することができずに、ようやく妊娠できたのですが、生まれてきたのは障害児でした。もちろん、そのことが分かった時にショックがなかったと言えばウソになってしまいます。夫や両親などともこのことが原因で何度も揉めてしまいました。涙を流してしまうことも何度もありました。

けれどもしばらくすると、くよくよしていても何も得をすることはないということに気づきました。それどころか、私たちがくよくよしていると生まれてきてくれた子供に申し訳ないという気持ちになりました。それからはとにかくポジティブに何事も捉えるようにしようと心がけたのです。まず、何十年も前に比べると養護学校の設備が格段に充実していました。

そのため私たちの負担も想像していたほど大きくはありませんでした。具体的にどういうことかと言うと、養護学校である程度の面倒は見てくれる上に、学費もとんでもなく高額を取られてしまうわけでは決してありません。養護学校はすごくきれいな建物であり、実際に通う子供本人にとっても決して悪い環境ではないように思えました。とにかくその子は私たちのもとの生まれてきてよかったのだという結果になるように、そのことを目標として頑張り続ける毎日は、とても幸せであると感じています。